1. 巌窟の回廊
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前月の最後のベランダのドアは、ベランダのくせになぜか〈ちかしつのカギ〉で開くもの。そこをくぐると、蛇行した廊下が縦横に伸びる回廊へと一行は導かれる。BGMも、緊迫感を漂わせる終盤のメインテーマとでもいうべき曲に移り変わり、一行が間宮夫人のもとへとまた一歩近づいたことを予感させる――。
直後で台無しになるけどさ。
というのも、間宮邸ではセキュリティシステムとして、ごろごろ転がってくる大岩というやつを二月以来そこかしこに配置しているのはご存知の所だろうが、この巌窟の回廊はその最もたるもの。なんと合計6個もの岩が転がってくるのだ。
それだけならまだいい。だが、今月は回廊のとっぱなから写真のように「狭い廊下を大岩が迫る!」というベタベタぶりを遺憾なく発揮。
そう、それはまさに往年のインディジョーンズか何かの地下迷宮を見ているかのよう。こういうスタッフの小粋な計らいには筆者は思わず目頭が熱くなる。
……あんたら、間宮邸が洋館だということをすっかり忘れてませんか?
粋な計らいといえば、対大岩回避ポイント(2つしかないので、ここだけ3人パーティーは禁物)まで写真のようにちゃんと設置してくれているので、こんなアホなトラップでダメージなんか受けないようにしたい所だ。
まぁ受けても30ダメージだから、仮に6発全弾回避したところでスケルトンに2回も殴られりゃ同じですが。
2. 永久氷の間(1)
巌窟の回廊の大岩を2つ抜けたあたりを南に折れると、開いた扉が取材班をその内へと誘う。扉を抜けた一行は、部屋の中に地の底を思わせる場違いな寒さを覚える。驚くべきことにこの部屋には、時ならぬ氷が張っているのだ。
入り口に横たわる骸を「しらべ」た記者の頭の中に、間宮夫人からの殺意を映したかのような、怨みのこもる声が響いた……。
「罠にかかったな!
ゾンビに吸い寄せられて、死んでしまえ!」
今月のトラップの中で難関というべきものが、ここを含めて3回登場するこの「永久氷の間」だ。
氷に足を踏み入れたが最後。パーティーは分断され、吸血ゾンビが群れなして待ち構える下方へと成す術もなく引きずり下ろされてしまう。
いくら十字キーの上を入力しようが無情にも受け付けられず、「かずおさーん…」 とゾンビどもがいざなう声のままに、捕えられた和夫らは無力にも滑落あるのみ。洪水のようなどうしようもない強い力で押し流されているかのようだ(ゲーム的な処理は三月の下水溝のトラップと同じだから)。
勘のいい人なら判るだろうが、このような氷雪で固められた路面で役立つのが登山装備の〈ピッケル〉である(ちなみに筆者は初プレイ当時判らなかった)。氷に踏み込む前に〈ピッケル〉の「つかう」を宣言すれば絶対スベらず安全安心合格確実だ。
とはいえ、氷の上で〈ピッケル〉が使えるというのはゲーム中では全くのノーヒント。はじめはどうしても吸血ゾンビの群れに落ちてしまうものだが、対策はもちろんある。
吸血ゾンビというと何だかジョジョの第1部みたいでロマンホラー深紅の秘伝説だが、これも見掛け倒しで、実はいつも通りの「10ダメージ/秒のダメージ床」にすぎない。歩いていてゾンビに捕まって動けなくなるなどということもないわけだ。
そこで、慌てずに→のルートに沿って移動。安全な床の上に一旦辿り着いたら、落ち着いて〈ボーガン〉か〈ロープ〉を写真の杭に渡して脱出(→のルート)しよう。持っていなければ、仲間に持ってこさせればいい。
そんなマヌケもまさかいないと思うが、全員が吸血ゾンビに落ち、しかも誰も〈ピッケル〉も〈ボーガン〉も〈ロープ〉も持っていないければ、あっさり脱出不能となりゲームオーバーが確定するので一応注意。
ちなみにこの部屋は、入り口の骸骨さんの言葉通り本当にただのトラップであり、〈くすりびん〉1本を除き何もありはしない。
真琴の復讐並みにかなり無意味な部屋だ。
3. 燭台の通路(1)/フレスコ:6月17日
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迫りくる大岩をかわしつつ先に進むと、写真のような実際の家屋にあるかと思うとかなりおかしな構造の場所に出る。近くに落ちている〈ひかるおの〉をネコババし武装強化しつつ、部屋へと下りていこう。代用アイテムの遺された小部屋を通り過ぎ、両脇に燭台が赤々と灯る薄暗い廊下へと一行は導かれる。
この廊下、敵キャラとして絶滅動物の「おおかみ」が出没する異常にエコロジカルな空間となっている。
しかしそこは生物学なんかにはジェームズ・アークライト卿ほども興味のない取材班、〈ぎんの けん〉や〈ひかるおの〉でもって当たるを幸いメッタ斬りにしつつ、フレスコ画のもとへ急行。
燭台で不気味に演出された廊下にこれまた不気味な壁画が飾ってあるとは間宮のダンナの趣味を筆者はいよいよ計りかねるが、あまり文句も言ってられないのでたく゛ちくん、カメラよういして。
6がつ 17にち
おとこは あるじを まちつづける
あるじのゆびわが ひつようだ主の指輪――廊下をずっと進んだ先に、果たしてそれはある。だが画面写真の通り、銅像に針路を阻まれて盗りに行くことができないのだ。
悔しいが、ベランダのような腕ずくで押しのけられる銅像は数が限られている。ここは諦めて引き返すしか手はないだろう。
4. 永久氷の間(2)/緋の廊下(1)/従者たち
部屋の前で血を流して伏している生存者は、「奥様の…お部屋は…この近くに……。でも〈2コのカギ〉を探して…こないと……」 とメッセージを遺す。そう、間宮夫人の居室はいよいよ近づいたのだ。そして夫人は、死してなお計り知れぬ怨念をたたえたまま、厳重に錠を下ろした部屋に頑なに自らを閉ざしている……。
いつも通りの大岩や、途中で飛んでくるナイフのポルターガイストを避けながら、2つ目の永久氷の間へと突入。
「2. 永久氷の間(1)」と全く同じ構造がそのまま使われている手抜きもいい所なので、難なく抜けて先へと進む。
吸血ゾンビの手前に落ちているのは謎の〈あおいローソク〉。
この謎めいたローソクの使用用途は、現時点では何ひとつ明らかにされていない。絶対に手放さない確信がない限り、今すぐに拾うのは賢明なことではない。ここでは無視して、針路を東にとり先に進むべきだ。
財産家である夫妻が資を投じたのであろう、豪奢な緋色の絨毯を敷きつめた廊下がその先に伸びる。
……だがこの毛氈の緋色は、犠牲者たちの血を文字通りに吸って染められたのだ。彷徨うあまたの浮遊霊が放つ蒼ざめた燐光は、その証左に相違ない。
その禍々しい緋色をより深く染め上げるためにか、贅を競うように並べ立てられた銅像は、自らを鈍器として一行に襲いかかる。騒霊現象だ。
騒霊の合間を縫いながら、一行は走り抜ける。息せき切る一行の到来を待つように、通路の先にぽっかりと開いた扉が見えている。
あそこまで走るんだ。誰からともなく、全員で肯きあう。
扉をくぐった一行を待っていたもの、それは――!
メイドさんだった。
最近、
出来心科学的好奇心で『花右京メイド隊』を見てしまった筆者はその場でひっくり返りました! 3人いるということは「お側御用隊」ですか!?(最悪)ここは私たち召使いの控え室で、他よりは安全なの。
だから、みんなでここに隠れてたんです。
あの事故のせいなの。
子供を助けようとして、奥様はひどい火傷を負われて……。
〈2コのカギ〉は、その階段から入る通路の、一番奥よ。
そ、そうですか。それはどうもご丁寧に有用な情報をありがとうございます。いやはや、何と申しますかその、『スウィートホーム』が制作されたのはもう11年も前になるんですが、そんな11年前の作品が既に現代のメイドさん大ブレイクに大きく先んじて、こんなイベントを用意していたとは衝撃的です。
まぁ、筆者はメイドさん属性ではないのでどうでもいいんですけどね! いや正直な話! 見る人が見たらたまらんのかなぁ、でもファミコンのグラフィックじゃどうかなぁ、とか思ってみただけですともええ!
このように、レトロゲームには意外な発見があるものですね。と、無難な総括でまとめに入っておきましょう。
……待て。こいつら、いくつだ。(注: 間宮夫妻が死んだのは30年前という設定)
5. 燭台の通路と緋の廊下(2)/フレスコ:6月7日
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後ろ髪を引かれる思いで未練たっぷりにメイドさんの控え室を後にすると、またしても両脇に燭台が赤々と灯る薄暗い廊下というまるで女っ気とは無縁のスポットに出る。かえすがえすも惜しいことをしたものだ。燭台の通路(1)と同じ調子で、またも不気味なフレスコ画のお出ましだ。今月はなんかどうも使い回し構造が多い(ナムコの『じゅうべえくえすと』よりはマシだけど)ので、サクサク撮影を終えてくれよう。
6がつ 7にち
こどものはかが あらされた
つまはめざめ やしきにとりつき
おとずれるひとを おそいだした
……わかっとるっちゅーに。間宮さんのフレスコ画の文学的価値も地に墜ちたものだ。
メイドさんの控え室と〈2コのカギ〉とを引き離すためだけにこんな無意味な情報配置してんじゃねえかと制作者の悪意を感じながら、半身男の脇を横切り東に進む。その先の階段を上ると、南にまた長く伸びた緋色の絨毯の通路だ。
写真右上からフラフラと宙を舞って襲いかかるのは、ご存知あの勾玉型浮遊霊。数ある浮遊霊の中でも抜群の誘導性能を誇る難敵が、細長い通路というこの逃げ場のないスポットで、遠慮会釈もなく出現するのだ。
しかも時間とともにだんだん数も増え、最終的には3体の浮遊霊がうろつくことに。大変である。
二月の最後の部屋を護るどうのよろいなんかがそうだが、本作ではこういう場合の最適戦略はたいがい「突っ切る」こと。脇目を振らずに通路の奥へと直進コースを走れば、きっと浮遊霊に追いつかれる前に〈2コのカギ〉のありかへと辿り着けるはずだ。
エミりゅんの〈カギ〉も太刀打ちできないダブルロックを打ち破る、間宮家謹製〈2コのカギ〉。文字通り、間宮邸の主の居室へと討ち入る鍵を一行は握ったわけだ。帰りに歩くのはケッコー面倒臭いので、〈2コのカギ〉さえ盗ったら浮遊している勾玉くんに外まで連れて行ってもらおう。「燭台の通路(1)」の画面写真の場所へのショートカットとなっており、なかなか便利な交通手段だ。
6. 銀騎士の回廊/邪神像
〈2コのカギ〉を拾得していることを確認したら、いよいよ間宮のもとへと赴く一行。
巌窟の回廊の南東端、2つの大岩が待ち構える扉をくぐると、金属性の足音が耳障りに鳴り響く回廊へと抜ける。
おなじみ鎧の騎士(そういやDQ1にもいたなそんなの)が徘徊する所だが、今回はパワーアップして「ぎんのよろい」だ。
回廊を巡回警邏している鎧は3匹。普通に歩いていても出現するような敵なので、出遭ったら恐れずに戦う……というよりむしろこっちから接敵して撃破してしまおう。ここまで来て恐れるような相手でもなく、〈ロープ〉だって要らないはず。
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回廊の北東端に鎮座するは、何やら曰くありげな3体の銅像。これまた間宮邸名物
「じゃしんのぞう」もとい邪神像。何の宗教の神かは全くもって不明だがとにかく三柱の邪神が立ちはだかり、侵入者の手から頑なに何かを護りつづけている……。
「しらべる」により捜査画面に移行することができるものの、万能魔法・こころのちからの入力さえもここでは徒爾に終わる。
邪神が護るものとは何なのか……。悔しいが、ここは謎を残したまま先へと進むしか術はない。
7. 獣の小部屋/ルビーの指輪
銀騎士の回廊の南のほうに、写真(1)のごとく開いた扉が存在する。〈2コのカギ〉の存在意義を初っ端から否定しにかかってくるかのようだが、開かないよりはずっとマシなので大人しく進入の儀と移ろう。
写真(2)はその扉の内部である。猫と鼠がウジャウジャ群れていて、RPGでよくある「子供が道を塞いで通れない」というあの現象を堪能できる部屋となっている。猫と鼠が仲良く同居しているこの部屋の生態系は随分謎だが、やっぱり生物学なんかにはジェームズ・アークライト卿ほども興味のない取材班は部屋の右隅の下り階段へと直行……はなかなかできないので動物達が道を空けてくれるのを待つ。
するとアラ不思議、階段の先は写真(3)の場所。これは「燭台の通路(1)」の最後で進入を諦めた、銅像の向こう側となっているという寸法なのだった。ここをもってめでたく〈ルビーのゆびわ〉をゲット。その紅い輝きは、2つあるという主の指輪の片割れだ。
かなり淡白な説明だったけど、こんな所に四六駢儷の綺語をもって大仰極まる形容を施すほどのものでもあるまい(いつもやってるような気もするけどな)。
8. 永久氷の間(3)/間宮の書斎/フレスコ:6月25日
獣の部屋の、壁を挟んだちょうど裏側にあるのが永久氷の間(3)への入り口。〈2コのカギ〉で錠を下ろされた扉が行く手を阻む。永久氷の間(3)の構造は今までの使い回しではなく一瞬おっと思わせられるが、なぜか今までより簡単になっているのでわりかし無意味。
永久氷の間を抜けると、果たしてそこは――けばけばしい紫色の絨毯に彩られた、生気のない部屋。描きっぱなしの壁画も、ベッドの上に放り出されたままの翡翠の指輪も、ずっと人に触れられた形跡はない。まるで30年前から、時が止まっているような……。
そのとき、一行に背後から近づく人影があった。
ここは間宮一郎の書斎だ……。
よくここまで来たな……。大したもんだ。
いいか……夫人の部屋は、右下の扉から入れ。
わしはまだ、やることがある。
さあ……行け!
山村老人である。夫人の霊により打撃をこうむり点滅して消えたあと、彼は何とか一命をとりとめ生き永らえていたのだ。「無事だったんですね! 本当に良かった……」 と再会を喜ぶ和夫たち。しかし山村老人はあくまで淡々と、和夫たちになすべきことだけを告げる。老人は近く我が身を訪れるであろう運命を、あるいは知悉していたのかもしれない……。
このさい「アンタどこに行ってたんだ」とか「『右下』じゃなくて『南東』だろう」とかいう突っ込みは野暮というものである。ヤボヤボです。……おおそうだ、フレスコ画の撮影と、〈ヒスイのゆびわ〉をネコババするのは忘れないように。
6がつ 25にち
2つの かがやきが あわさるとき
それをもつものが あるじとなる
「主の品は2つだ。先頭にいる者が2つとも持ってないと効果がないぞ!」 (「燭台の通路(2)」の半身男)というのと同義語のような気がするけどな……。
9. 執事
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山村老人に教えられた通り、右下(じゃなくて南東)の扉へと急ぐ。やはりここも〈2コのカギ〉を要求する厳重な錠で固められたもの。鍵を開けて足を踏み入れると、また紫色の派手な絨毯敷きの廊下が伸びている。
……?!
凄まじい霊気が……。間違いない、間宮夫人だ!!
山村老人の言が確かであるならば、この藤色の毛氈の廊下の向こうに間宮夫人の部屋がある……。……って、間宮一郎の書斎は板敷きで氷漬けの部屋の奥だったぞ。
嫁さんの方はうって変わって、比べものにならないくらいの高級感。間宮のダンナ、あんた相当の恐妻家だったんだな。苦労したんだなぁ……。
廊下の中途に差し掛かると、何やらチビキャラが忙しく足踏みして道を塞いでいる。「はなす」で話し掛けてみても「………………!?」 という謎の答えしか返ってこないが、これは捜査画面に移行するには「しらべる」コマンドを経なければならないというゲーム的な事情があるためなのだ。
そこで、やむなく「しらべる」でもって捜査画面に突入。そこには正方形の体躯をした佝僂の男が、生あるもの全ての進入を拒むべく、儼めしくも佇立する姿としてあった。
誰だ!!
わしは間宮様に仕える召使いだ。
ご命令により、ここから先は
誰も通すわけにはいかん!
6月17日のフレスコが言う、主を待ちつづける男。「誰も通すな」という命令だけを字義通りに、それこそ何十年ものあいだ守りつつ、この忠実なる執事は魂だけと成り果てた今も、主の帰りを待ち続けているのだ。間宮が遺したルビーと翡翠、その二つの輝きが合わさる時、それを持つ者が新たな主となる――。捜査画面においてどちらかの〈ゆびわ〉の「つかう」を宣言すると、指輪は不思議な輝きを見せる。
――そうさ、今こそ、こころのちからを解き放つ時だ!
指輪が共鳴して、鳴りはじめた……。
ああ……この音は……。だ…旦那様でございますか!?
お言い付け通り、誰も通しておりません。
では、私はこれで失礼させていただきます……。
執事はそう言い残し、同時にその姿は一行の前から消滅する。主の帰りを迎えたことで、彼がこの世に残した使命は果たされたのだ。役目を終え天へと召された彼の魂を見送り、ふとアイテム欄に目をやると、〈ルビーのゆびわ〉と〈ヒスイのゆびわ〉が消えていることに気付いた筆者。
…………消耗品ですか?
何となく、「門番に金品握らせて黙らせた」ような気がしてならないのはTRPGのやりすぎですか?
10. 間宮夫人
<なぜ私の眠りを妨げる!>
「子供のお墓を荒らしたのは私たちじゃない!
どうして関係ない人まで苦しめるんだ!!」
イヤ、あんた供養塔荒らしてきたやないか(しかも掘った跡そのまんま)……という突っ込みはさておき。執事の去ったあとを踏み越え進むや、間宮夫人の金切り声が一行の聴覚を揺さぶる。それでも一行は慄くことはない。荒れ狂う夫人に対し敢然と反駁の声を上げ、前進を重ねる。
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だが、夫人の怨みの力は永い年月の果てに増大を極めていた。姿の見えぬ間宮夫人から発せられる霊力は衝撃波の形をとり、一行の前進をことごとく阻止する……。その時である。
見覚えある人影が、ふいに一行の傍に立つ。誰あろう、それは山村老人だ。
しっかりしろ。その一喝は自分にも向けられていたのであろう、夫人のほうへと向き直り、老人は語気を緩めぬまま続ける。
「赤ちゃんは返す! 早く、元の世界へ帰れ!」
<返せー! 私の赤ちゃんを返せーっ!!
グガーッ!! 死…ね…!!>
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廊下を西に折れた先には、間宮夫人の居室へ通じるのであろう扉が構えられている。が、その目前という所で、蒼黒い影のような霊的な障害が道を塞いでいた。結界というものだ。霊力によって護られていては、人智や物理では講ずる手立てがない。「やっとの思いでここまで来たのに…!」と、和夫も落胆をあらわにする。
そんな中、山村老人だけは、ひとつの確信を持った口調で強く告げた。
「慌てるな! 今、解いてやる。心の力さえあれば、間宮の結界なぞ破れる!」
と。何をするつもりか――そう問う間もなく、蒼い影の中へと決然と駆け込む山村老人の姿を一行は見た。
「間宮は途方もなく強い邪悪な力を使う。わしにも勝ち目はないかも知れん」
老人の進める歩一歩ごとに、間宮夫人の憎しみの力と山村老人の心の力とが宙空に激しくせめぎあう。光と闇の争いは空間そのものを揺るがし、一行のもとに噴きつける熱を帯びた余波が、その熾烈なるを否応なく物語る。
「間宮!! 目を覚ませ! お前はもう、死んでいるんだ!!」
――闘いの後には、勝者さえ残ることはなかった。
蒼い結界は老人の心の力の前に屈し、夫人の居室は和夫たちにその侵入をついに許すこととなる。だが憎しみの闇は、晴れ上がる寸前に山村老人の生命を道連れとし、喰らい付き、もぎ取って、去ったのだ。
老人は、安らかならざる死を遂げる。闇が彼の最後の肉の一片を朽ちさせる瞬間まで、一行は決して目を反らさずに看取った。そのことが、死を賭して自分たちのために闘ってくれた男に対する、できる限りの敬意に他ならなかった――。
「わしが死んでも、生き延びろ」
「こころの……ちからを…わすれるな!」
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……和夫はゆっくりと、だが恐れることはなく、夫人の部屋へと歩く。山村老人が拓いた道だから。信じて歩く。
結界が消失すればこういうものなのか、夫人の居室に踏み入ることそのものは、拍子抜けするほど容易だった。
部屋の中で、夫人は宙を舞っていた。最初の瞬間のように、こちらを嘲るように。
「身の程を思い知れ」という意味の言葉が聞こえたと思った。
次の瞬間、夫人の焼け爛れた貌が閃光を発した。
和夫はそれで意識を失った。
(来月につづく)